PROJECT
STORY #1

表面調整用前処理液(PL-X)の
開発秘話

既存技術を超えていく。表面処理薬剤(PL-X)開発の軌跡

自動車車体用の塗装下地処理として、
長く使用されてきたリン酸亜鉛皮膜処理技術。

この技術は、脱脂や表面調整など複数の工程によって構成されるが、
そのなかでも表面調整は皮膜品質の成否を握る根幹技術だ。

前身となるPL-Z(プレパレンZ)は1995年当時において
基本特許が成立してからすでに50年以上が経過していた既存技術であったが、
競合他社を引き離す、より優れた性能を持った製品を作るべく立ち上がったのが、
PL-X(プレパレンX)の開発である。

PROJECT

競合が撹拌装置など設備面でリン酸亜鉛皮膜処理技術の向上を図る中、当社は薬剤そのものの性能向上で差別化を図る方針を打ち出した。工程は従来と同じとしながらも、成分設計を全面的に刷新したのである。世界的にはPL-Z類似技術が広く普及していたが、PL-Xに相当する技術は、世の中には存在しなかった。化学的改良、つまり処方設計によって性能を高めることで物理的補完に頼る競合技術を凌駕した。
プロジェクトは1995年に開始され、1996年にブレイクスルーを迎えた。約2年で製品技術を完成させ、1999年に顧客現場への導入を開始。その後、2001年以降に採用を拡大していった。

MEMBER

中山 隆臣

入社
1988年
役職
執行役員 技術本部長

新卒入社PL-X開発当時は研究員。革新的な技術の実現をサポート。

下田 健介

入社
1995年
所属
製品事業本部 市場統括事業部機能材料統括グループヘルスケアグループ
役職
マネージャー

新卒入社で研究所配属直後より本プロジェクトに参画。表面処理剤(PL-X)の開発に従事。

Chapter 01

第一章|プロジェクトの背景既存技術の限界

自動車車体の塗装下地として、PL-Zやその類似技術は長年にわたり顧客に使用されてきた。安定した技術として普及していた一方で、被処理材の多様化や工程短縮への要求、さらには競合他社による新技術の提案などにより、従来技術の延長では対応しきれない市場要求や技術課題が次第に顕在化してきていた。

そうした状況の中で、当時着目したのが表面調整剤である。当時の表面調整剤(PL-Zやその類似技術)は水溶解性の低いチタン化合物を主成分としており、自動車の生産ラインでは水中に分散したコロイド(チタンコロイド)の状態で使用される。しかし、このコロイドは水中で粒子が時間の経過とともに凝集しやすい性質があり、この不安定さが、リン酸亜鉛処理の品質を安定して維持・制御することを難しくする大きな要因であった。

Chapter 02

第二章|立ち上げ・挑戦前提を疑う

競合他社が撹拌装置などの設備的なアプローチによって性能向上を図る中、日本パーカライジングは化学そのもので課題を解決する道を選んだ。「我々は化学メーカーなので、機械ではなく薬剤で解決しようと決めました」と中山は当時を振り返る。開発プロジェクトを推進する中山のもとに1995年に新卒入社したばかりの下田が加わり、来る日も来る日も実験を繰り返す日々が始まった。「右も左もわからない中、中山さんをはじめとする先輩にサポートいただきながらとにかく行動し続ける日々でした」と下田。

転機となったのは、1996年の実験室での出来事だった。先輩からの助言を元に新規コロイド粒子として選定したホパイト(亜鉛化合物)を用いた試験の中で、想定外の皮膜形成が確認される。「大変です。皮膜がつきました。どうしましょう?」突然のセレンディピティに戸惑う下田に、「凄い。ちゃんと検証しよう」と即座に反応した中山。この現象を起点に、検証が進められていく。

ここから開発は、性能向上ではなく“制御”へと軸足を移す。副成分となる助剤や安定化剤の選定や製造方法の検討を進めながら、安定し卓越した性能を得るための製品開発が試みられた。製品化の鍵となったのは、単なる成分ではなく、その組み合わせと製造プロセスだった。

Chapter 03

第三章|転機・試行錯誤再現性をつくる

製品化に向けた最大の課題は、現象を安定して再現できる形に落とし込むことだった。実験室レベルでは成立しても、工業的に同じ結果を出せなければ意味がない。「思った通りの結果になることは、ほとんどありませんでした」と下田。条件を変えながら検証を繰り返し、どの要素が結果に影響しているのかを一つずつ整理していく。

この過程で重要になったのが、粒子の制御だった。ホパイトの粒径を制御することで反応性が変化し、皮膜形成に大きく影響することがわかってくる。粒径や成分バランスを制御することで、リン酸亜鉛皮膜形成初期の反応を促進できる条件が見えてきた。同時に、反応を安定させるための助剤や分散条件の最適化も進められた。材料、粒径、分散状態、混合プロセス。複数の要素が組み合わさることで、初めて安定した性能が得られる。実験と並行して、微粒子の粉砕、分散に関する世界中の文献を集め、その制御方法を学習した。下田いわく、「何が分かっていないのかを整理しながら進めていくしかありませんでした」。また、研究だけでは解決できない領域については、関連部門と連携しながら製造条件を詰めていく。

試行錯誤の末、従来のチタンコロイドの弱点であった分散安定性を飛躍的に向上させる製造条件が確立された。得られた微粒子の粉砕、分散技術は、当時の世界トップレベルの安定性を誇ることができるものであった。またその結果として、リン酸亜鉛処理性能そのものをコントロールできる状態が実現された。

Chapter 04

第四章|結果とこれから技術として定着する

開発された表面調整剤は、従来技術に対して明確な優位性を持っていた。皮膜形成の反応初期を制御することで必要な処理時間を短縮し、工程全体の生産性を高めることに成功した。反応に最低必要な処理時間は従来の120秒から60秒へと大幅に短縮され、様々な金属材料に対してリン酸亜鉛処理皮膜を安定に形成させることが可能となった。
さらに、新しい表面調整の効果によるリン酸亜鉛処理皮膜結晶の微細化により、必要皮膜量の低減や材料適応性の向上も実現している。とくに従来技術では皮膜形成が困難とされていた難処理材に対しても良好な反応性を発揮し、たとえばアルミニウム合金など従来技術では対応が難しかった領域にもリン酸亜鉛処理の適用範囲が拡大した。

本技術は実用化され、ライン展開を経て自動車メーカーをはじめとする多くの製造現場で採用されていった。その過程で、競合他社も同様の技術開発を進め、市場全体として新たな標準が形成されていくことになる。「結果的に、従来の技術を置き換えるものになりました」と誇らしげに微笑む中山。振り返れば、特別な一手があったわけではない。「実験して、うまくいかなくて、また考える。その繰り返しでした」と苦労を語る下田。ただ一貫していたのは、安定しないものを前提とするのではなく、現象を制御することで技術に昇華させるという発想だった。

表面処理は、製品の表には現れにくい。しかし、その品質や性能を支える基盤である。「あらゆる表面をカガクで変える」という思想のもと、見えない部分に価値をつくり続けること。それが同社の役割であり、ものづくりを支える責任でもある。
技術は製品化して終わるものではない。現場の要求とともに進化し続ける。その積み重ねが、次のスタンダードを生み出していく。同社の研究員は、未来を信じるのではなく、未来は変えられると信じて研究開発に取り組んでいる。